法の源 2020 9 27
アメリカの最高裁判所の判事の任命については、
日本の国際ニュースでも大きな話題となっています。
私は、判事に保守派が選ばれても、
リベラル派が選ばれても、特に問題ないと考えています。
そのようなことよりも、もっと重要なのは、
判事候補者の宗教観や信仰心です。
アメリカでは、「法の支配」や「法治主義」と言われていますが、
これには、重大な欠陥があります。
たとえ、どんな「悪法」でも、
「法治主義」では、悪法が社会や国家を支配してしまいます。
ここから「無神論」が出てきます。
つまり、「法治主義」という仮面をかぶった無神論です。
そもそも、「法」とは、神の正義のことです。
神の正義→神の法→法の淵源(法源)となるのです。
もちろん、社会を動かすには、
個別具体的な法律があるでしょうが、
大元まで遡ると、神の正義にたどり着くのです。
それこそ、法の支配を正当化するものです。